
親族との関わりに悩む実務者は多い
成年後見人として、ご本人の生活を支えていく中で、避けて通れないのが「親族との関わり方」です。
報告はどこまでするのか、誰と連絡を取るのか、どのくらいの距離感がよいのか。
経験を積んだ専門職の方であれば、この難しさをすでに肌で感じておられるかもしれません。
「親族なのだから関わるのが当然」
「親族に協力してもらえなければ、実務に支障が出る」
こうした言葉を、研修や事例検討の場で耳にすることがあります。
今回は、この前提そのものを少し立ち止まって考えてみたいと思います。
「関わりたくない」気持ちは本人にも親族にもある
被後見人ご本人にも、親族にも、それぞれ「関わりたくない」という気持ちが生まれることがあります。
長年のわだかまりや距離感、過去の経緯から、本人が親族との接触を望まないことは、めずらしくありません。
同じように、親族の側にも、本人との関わりに気持ちが向かない、あるいは関わる余裕がない事情があります。
これは特別なことではなく、家族関係というものが本来持っている複雑さのひとつの自然な形でもあるのではないでしょうか。
受任後の初動の段階で、あるいは実務の経過の中で、私は被後見人と親族それぞれに対して「関わりを持つかどうか」の意思確認を行います。
そのうえで、本人及び親族ひとりひとりの意思をできる限り尊重した後見実務を行っていく。
これが、本来あるべき姿勢だと私は考えています。
ところが後見実務の現場では、こうした個々の事情への理解が十分でないまま、「親族なのだから関わるべき」「関わってもらわなければ実務に支障が出る」といった、実務者側の都合を前提とした働きかけがなされる場面を見聞きすることもあります。
「実務に支障がある」という言葉を、もう一度問い直してみましょう
「親族の協力がないと実務に支障がある」という言葉は、一見もっともらしく聞こえます。
報告先の確保、緊急時の連絡、本人の生活歴の把握など、親族の存在が実務上助けになる場面は確かに多いものです。
ただ、ここで一度立ち止まって考えたいのは、その「支障」が、本当に本人のための必要性からきているのか、それとも実務者側の負担軽減や、慣習的な「家族(親族)のあるべき形」への当てはめからきているものなのか、という点です。
実際、後見事務の内容について、親族に報告する法律上の義務は原則としてありません。
本人の情報を不必要に親族へ伝えることは、守秘義務との関係でむしろ慎重な判断が求められる場面でもあります。
財産目録の提示についても、トラブルの引き金になりやすいことが指摘されており、報告の範囲や方法は、後見人の裁量と責任のもとで個別に判断すべき事柄とされています。
親族との関わり方には画一的な「正解」があるわけではなく、本人を取り巻く人間関係の状況に応じてその都度見極めていくべきものなのだろうと私は思います。
後見人はあくまで「本人の」法定代理人である
ここで、あらためて確認しておきたいことがあります。
後見人は、あくまで被後見人ご本人の法定代理人です。
本人が亡くなった後の相続、つまり遺された財産を引き継ぐ場面においては、推定相続人となる親族との関わりが避けられず、適正な後見事務を裏づける記録を示すことなど、相応の配慮が求められます。
しかし、それ以外の場面、つまり本人がご健在の間の日々の実務においては、概ね本人の意思を尊重しながら、その時々で関わる支援者や関係者とのやり取りを通じて職務を全うすることができるはずです。
親族との関係づくりは、被後見人ご本人の意思を尊重するための手段のひとつにすぎず、目的そのものではありません。
順序が逆転して、「親族との関係を保つこと」自体が目的になってしまうと、本人の意思がいつの間にか後回しにされてしまう恐れがあるのではないか懸念されます。
意思の尊重を実務の軸に置きたい
私が大切にしたいのは、被後見人ご本人と親族それぞれの意思確認を丁寧に行い、その結果をできる限り尊重する姿勢を実務の軸に据えることです。
関わりを望む場合には、その関わりが安心できるものになるよう調整する。
関わりを望まない場合には、その距離感もまたひとつの選択として受け止める。
どちらが正しいというものではなく、本人と親族それぞれの人生や関係性の積み重ねの中から出てきた意思として、双方に対し丁寧に扱うべきものだと私は考えています。
もちろん、本人の安全や権利が脅かされる場合、たとえば親族による虐待や財産侵害が疑われるようなケースでは、後見人が本人に代わって親族と対峙する必要も出てきます。
この点は、関わりを望まない意思の尊重とは別の文脈として、明確に区別して考える必要があります。
実務上の工夫としては、後見計画を立てる段階で親族との関わり方についてあらかじめ家庭裁判所や関係機関への意見を求め、支援の方向性について共通認識をもっておくこと。
報告すべき親族の代表者や報告内容の範囲を、同居家族や申立人と相談しながら早めに整理しておくこと。
こうした準備が、後から「なぜ報告してくれないのか」「なぜ関わらせてくれないのか」といった行き違いを防ぐうえでも有効な手立てになるのではないかと思います。
問い続けることが、後見実務の一歩になる
成年後見人と親族との関係は、本人の生活を支えるうえで重要な要素であることは間違いありません。
しかし、それは「親族だから関わるべき」という義務感や「実務上の都合」から逆算して求められるものではないはずです。
後見人はあくまで被後見人ご本人の法定代理人であり、相続という限られた場面を除けば、本人の意思を尊重しながらその時々の支援者や関係者とのやり取りの中で職務を果たしていくことができる存在です。
被後見人ご本人にも、親族にも、それぞれの事情と意思がありその尊重こそが後見実務の出発点であるべきだと私は考えています。
もし今、ご自身の実務の中で、「親族に関わってもらわなければ」という前提を当然のように置いている場面があるとすれば、一度、その前提の出どころを振り返ってみていただけたらと思います。
それは本当に、本人のための必要性なのか。
それとも、実務者側の安心のための要請なのか。
その問いを持ち続けることが、本人を中心に据えた後見実務への確かな一歩になるのではないでしょうか。
