
ある日のFacebookより~
【ケアラー支援】に想う・・・
私は「ケアラー支援」において絶対的に大事なことは「全世代型支援」であることだと思っています。
介護は日々の生活のことであり、日々の生活は人生の中でつながっているからです。
ケアラーにとって、「ケア」や「ケアをしていた事実」に終わりはありません。
この想いは変わりません。
ただ、そう考える一方で、ケアラー支援の体制整備を構築していく過程において、いわゆる「優先順位」は必ずあるとも思っています。
用意できる時間も、労力も、予算も、限りがあることが現実だからです。
なので、もしかしたら「間に合わない」ことや、とんでもなく「先に」なることもあるだろうとも思っています。
もしかしたら・・・ですが、
これは私が専門職といわれる職業で、行政に対するそのあたりに、ある種の「冷ややかな感覚」と、我が国の「福祉」の歴史を学問として学び叩き込まれてきたからかも知れないなと思います。
内容としてはまったく関係ないけれど、街角インタビューなどで
「日本にも北欧のような先進的な福祉を!」
と言いながら、税金だの保険料だのが上がる話になると「文句タラタラ~」なご意見が聞こえてくることが、同じ民が言ってる発言とは受け止めがたい。
・・・なんてことも、実は感じている。
そんなニンゲンです。
話しを戻しますと、
とは言え何が大事か。
ケアラー支援は「全世代型」であることを「忘れないこと」。
ケアラー支援を考えたり、支援に携わる各々別の分野の者同士が自身の領域は超えて、「全世代型支援」であることを絶対に忘れないことだと思う。
そうすれば、
子どものことも
障がいのことも
難病のことも
仕事とケアのことも
子育てとケアのことも
ポストケアラーのことも
支援がだんだん形になっていくし、うまくいけば同時に動けることにも気づく。
必ずつながっていく。
ここ数年の(今はもう下火でしょうか?)
ヤングケアラー(支援)へのあまりに強い関心や高まりを危惧していたのは
「こどもばかりが注目されるから悔しい」とか
「選挙前の政治にうまく使われそうだから腹が立つ」とかではなくて、
「ヤングケアラーのことだけ」で終わってしまいそうで、あの子らがあっという間に大人になることが見えていないような状況が心配だったからです。
そんなことを、今宵もビール飲みながら考える。
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ファーストペンギンって、たいていはシャチに食べられちゃうらしいですね。
だったら、ヤングケアラーのあの子らが食べられるよりも、せめて大人ケアラーの自分が食べられる方がマシだと思う。
世の中が変わるなら、いっそそれでもいい。
それぐらいの腹をくくらないと、世の中そう簡単に変わらない。
すべて、同時にうまくいくほど簡単なことではない。
本当に目指しているのは、それぐらい大きなことだから。
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長崎県ケアラー支援条例施行前の準備中に、県民からの「ポストケアラー支援に関する意見」に対して、県が、
「大事なご意見だと受け止めるけれども、今すぐに着手することは難しいと考える。段階をおって進めていく。」
と、返答されました。
(*注:この言葉のとおりではないです。こんなニュアンスの内容を。)
私は、我が長崎県のこういう姿勢を、現実的で、真摯で、「むしろ信頼できる」と思いました。
もちろん、そんな私の意見にも賛否両論あるでしょうけども。
大事なことだからこそ丁寧に、現実的に、進めていかなければならないと思うのです。
