
本人が主役であること
成年後見制度は、なんらかの病気や障がい(認知症や知的障がい、精神疾患など)を理由に、判断能力にお手伝いが必要になった方が利用される制度であることはこれまでにも述べてきました。
ご自分で考えたり、選んだり、決めたり、意思を主張したり・・・それらがお一人では十分にできない。
その十分にできないことによって、必要な諸手続きが進められなかったり、意思の主張ができなかったり、何某の不利益を被ることのないよう、ご自身に法定代理人を付けて、一緒に伴走してくれる人を決めるのが、いわゆる「成年後見制度の申立」です。
当然のことながら主体は制度を利用される「本人」です。
なので、ここも勘違いされがちな部分なのですが、本人に制度利用が必要と判断されれば、必ずしもご家族の同意は必要ありません。
もちろん、申し立ての段階で、本人の法定相続人に対しては「同意書」を求めますが、その返答が「同意しない」であったり、そもそも同意書が返信すらされない場合、または法定相続人がいるはずだけどもどこにいるかわからない場合でも、家庭裁判所が本人に必要と判断すれば手続きは同意のないまま、返信のないまま、どこにいるかわからないまま、進められます。
権利を守るためにあります
上記のことから考えても、成年後見制度の申立はあくまで「本人」にとっての必要性であり、制度の申立はあくまで「本人」にとっての必要性であり、家族や周囲の支援者等のためにあるわけではないことは明らかです。
本人の権利擁護(権利や人権を守る)ことが、制度利用の一番の目的だからですね。
後見業務においてどうしても「財産管理」が目立ってしまうので、本人の財産管理をする人、お財布を握ってる人、そういう人を決める申立のように思われがちです。
しかし、ちょっとウンチクを言えば(笑)、後見人等による財産管理はあくまで手段。
被後見人等の権利擁護のための手段の一つにすぎません。
地域包括支援センターの職員さんや、行政窓口の担当者さん、ケアマネさん、相談支援専門員さんなど、申立支援(利用支援)に携わる方で、もし制度利用の必要性を本人、またはご親族にお伝えするのが難しいと感じる方は、おそらくここの整理がご自身でもついていないからではないでしょうか。
財産管理だけで言えば、他にも何らかの手段はあるでしょう?
ホームロイヤーでも、社会福祉協議会の事業でも、本人も含めた親族間での話し合いでもやっていけないことはありません。
要は、本人が信頼して預けられるかどうかです(相応な理解力も必要だと私は思いますが)。
でも、「本人の権利を擁護すること」に主軸をおいて考えると、なかなかその機能は十分でないと思います。
財産を預かっているだけであくまで本人に代わる立場ではありませんし、場合によっては対する立場にもなり兼ねません。
後見人のポジション
成年後見人等は、法的な根拠を持つ本人の法定代理人です。
家庭裁判所から一度審判がおり確定されれば、法定代理人としての諸々の職権を持ちます。
私はよくあれこれ考えごとをしたり、ご相談を受けたりする際、頭の中で課題を整理するために本人を中心としたエコマップを描きます。
環境も含めた本人をとりまく関係性を図にしたものです。
親族関係図にさらに支援者や関係者等の枝葉が付いてる感じです。
そのとき、私は後見人を本人の真横、または半分重ねて書きます。
ポジショニングを説明する際に、または考える際に、一番しっくりくる場所だと思います。
後見人等はあくまで本人の法定代理人であり、親族とも、他の支援者とも違いますから。
後見人が決まったあと・・・
ときどき、後見業務の中で困ることがあります。
後見人が付くと、他の支援者さんたちから、ご自分たちのような支援者がもう一人増えた・・・と思われがちなことです。
もっと言えば、ご自分達では持ち得ない「強力な職権をもった支援者」が増えたと。
そして、なぜか、支援者さんたちがひとり、ふたりと、少しずつ本人から疎遠になっていきます。
「後見人が決まったから、私たちはもういいよね。」
と、直接言われたこともあります。
確かに、どの支援者さんよりも持っている職権は強力です。
本人に代わる立場ですからね。
その点で言えば、親族以上のものがあるかも知れません。
しかし、あくまで本人の法定代理人であって、支援者さんたちの代理人ではありません。
引き続き、本人に向き合う支援を
後見人等は、ケアマネさんや相談員さん、地域包括支援センターの職員さんの代わりではありません。
私は専門職後見人の中で言えば社会福祉士の後見人です。
ですから、あくまで自身の後見業務の中で、後見業務におけるソーシャルワークはします。
でも、ケアマネジメントはしません。
介護や支援のプランニングもしません。
包括的アプローチもしません。
「本人」の法定代理人だからです。
場合によっては、本人と一緒に支援者さんたちとは対する立場になるかも知れません。
それぞれの支援は、後見人がいてもいなくても、それぞれの役割分担をもって対応なさるべきです。
また、ときどき、支援者さんから何某ご説明があったので、「本人は、なんと言われてますか?」と尋ねると、きょとん?とされることがあります。
当然のことながら、意思の疎通もコミュニケーションも、なんらかのご病気や障がいがありますので、難しさにも個人差があります。
でも、その状態の本人に対し、どうアプローチするかも支援ではないでしょうか?
支援者さんの代わりに、本人に支援の説明や説得をするのが後見人の役割ではありません。
不利益な対応をされていないか、権利や人権を侵害されていないか、本人に代わってみているところはむしろそこなんです。
そこを見極めているのに、そもそも本人に直接的なアプローチもないとなると、後見人にもよるかも知れませんが、私だったら、本人や本人の意思をないがしろにされたと取るかも知れません。
後見人等がいてもいなくても、本人に対し、支援者それぞれの立場からやるべきことは何も変わらないと思います。