障がいがある成人した子への「親の扶養義務」と、子の「経済的自立」について考える~その②~

*このブログをお読みいただく前に、2025年8月21日付【障がいがある成人した子への「親の扶養義務」と、子の「経済的自立」について考える~その①~をご一読いただけますと幸いです。

障がいがある成人した子への「親の扶養義務」と、子の「経済的自立」について考える~その①~ | 社会福祉士事務所まきの木|毛利真紀|長崎県佐世保市

親子が「経済的自立」ができない状況を支援者としてどう考えるか

日頃、ご相談を受ける中で、親と障がいのある子がお互いに「経済的な自立ができない」状況に対して危機感をおぼえます。

それは、親子のその状況に対してだけではありません。

どちらかと言えば、子の支援者らが、長年にわたり社会から子への責任を強いられてきた親の「親として自分がどうにかしなければ」という親の「マインドの部分」に乗っかることです。

結果、親子それぞれの経済的自立への支援介入に弱腰になりがちな傾向にある点です。

子自身だけではなく、子の支援者らが、「親の年金」「親の預貯金」をあてにした生活(支援)がずっと続いていること。

子の経済的自立に対し、なんら支援策が練られていないことに先々の不安も感じずにいること。

「親御さんが子を想う気持ちなのだから、しょうがない。」と、状況をスルーするところです。

状況をそっとしているのは「親の気持ちを尊重するということだ。」という、ある支援者の言葉を耳にしたことがあります。

ご本人やご家族の意思を尊重することはもちろん大切です。

しかし、上記のような対応が、本当に「意思の尊重」と言えるのかは疑問に感じます。

親自身にも「お金」が必要な時代

親子がお互いに経済的自立ができないままの生活が続き、その結果、高齢になり自身にも介護費や医療費が必要になった親が満足なケア状況も整えられない。

あるはずの親のお金は、病気や障がいを理由に働かない(働けない)、しかし、障がい年金や生活保護費も受給していない「子の日常のために」大部分が消えている。

高齢者福祉側の支援者らがこの状況をみつけ、「虐待事案」として介入する。

このようなケースは決して少なくないでしょう。

やはり、もっとこうなる手前の段階で動くべき支援があると考えます。

特に、現在の高齢者介護は、基本的に「介護サービスの契約」であり、サービス利用にも「自己負担金」が発生します。

そして、昨今、高齢者の介護費は決して低額ではないのが現状です。

つまり、親が高齢になり、親自身にケアが必要になった場合、多くの親が自身の介護費を自分で捻出することが必要になり、ほかの家族を扶養する余裕が必ずあるとは言い難いのです。

この現状は、福祉分野(専門領域)を超えて、支援者間で共有されておくべきだと思います。

支援者として「支援の見立て」を考えておくことの重要性

障がいのある子をもつ親、特にご高齢の親御さんたちにおいては、子がいくつになっても「自分がどうにかしなければ」の精神からなかなか抜けきれない方も多いかもしれません。

支援者らが、これまでの社会的背景を考え、一旦はその親御さんの気持ちを理解し、受け止める。

とはいえ、支援者だからこそ見えている「現実」や予測する「これから」もある。

一生懸命に親御さんに「子の経済的自立」や「親亡きあとの生活」を説明しようにも、なかなか親御さんとしては受け入れがたいかも知れませんね。

実際に、支援者さんからのご相談ではこの段階でのお悩みが多く聞かれます。

そして、その結果、そのまま親御さんのご病気や最期を迎えるというタイミングで、ようやく具体的支援が動き出すといった流れになる。

「どうしようもなくなってから、やむを得ず支援が動き出す。」

これもまた支援の現場において少なくないのかも知れません。

残念だけれども、その現状は理解したいとは思います。

いずれにしても大切なのは、支援者らが支援チームとして連携し、親子の状況を丁寧に理解し、支援介入を試みること。

支援が初めからうまくいく、いかないに関係なく、「支援の見立て」を立ててあらゆる可能性を予測しておくことかと思います。

支援者として見立てを立てていなかったことに対しては、どうしても支援の初動が遅くなりますし、支援者としても「急なこと」は対応に困るでしょう。

しかし、支援者らが慌てることになる、バタバタと大変な支援介入になる、そうなった場合、本当に困るのはクライエントさんです。

支援者の支援スキルは、そのままクライエントさんに影響します。

親子の意思に寄り添いつつも、支援者としての「今後の見立て」や「支援介入の段取り」、そのための「支援チームづくりや他職種連携」「情報収集」がその後の支援において重要でしょう。

そして、それら「支援者としての準備」は、親子の意思の尊重とは別に、先に今からでもはじめられます。