
成年後見人らの実務者としての悩み
私自身の「後見業務」のはじまりは「親族後見」です。
親族後見において私は被後見人と同じ苗字でしたので、当時は家庭裁判所でも「名前」で呼ばれていたのが懐かしいです。
社会福祉士としてのいわゆる「専門職後見人」になったのはその数年あと。
親族後見を含めれば実務に携わり十数年が経ちます。
月日は流れましたがこれまでを振り返ると、事案による内容の複雑さに違いこそあれどいつも何かしら迷ったり、調べたり、確認しながら、一つひとつ進んできました。
実務に携わる者としての悩みや難しさは、実務年数を重ねてもなくなることはありません。
違う捉え方をすれば、クライエント(被後見人)のために悩んだり、立ち止まって考えたりすることも仕事のひとつかとも思います。
成年後見実務と家庭裁判所との連携「報告」「連絡」そして「相談」
後見実務をはじめて間もない方、または今後受任をご検討されている方、中でも特に社会福祉士などの福祉職の後見人さんに向けてお伝えしたいことがあります。
成年後見実務(保佐、補助事案も含む)において、当然のことながら家庭裁判所との連携は必須です。
家庭裁判所が我々の後見実務を「監督」しているところなのはご承知のとおりです。
また、その連携は通常定められている実務の「定期報告」に限らず、事案において重大なことが起こった場合などの「都度の報告(連絡・相談)」も含まれます。
もちろん、後見業務に限らず、社会の中で仕事をしている者として連携先との「連絡」「報告」「相談」は基本事項ですよね。
この3つの基本事項ですが、後見の実務者の視点で考えたとき、おそらく難しく感じられるのは「相談」ではないかなと私は思います。
日頃家庭裁判所とのやり取りの中で自分自身もいちばん気を遣う部分であり、他の後見人らからも家庭裁判所への「相談」についての難しさを耳にすることが多いです。
家庭裁判所へ「相談」する上で成年後見人の「裁量」をどう考えるか
一定のルールがあるとはいえ、後見人、特に専門職後見人には職務上「後見人としての裁量」が法的根拠があることも含めある程度認められていることも昨今の傾向かと思います。
あくまで個人的な感想ですが、法的根拠以外にもそれはこれまでの先人たちの努力と実務に対する真摯さが裁判所に認められてきたこともその背景にあるのではないかと感じ、先人たちへ感謝の想いもします。
話しを戻しますと、この「後見人としての裁量」と先で述べた家庭裁判所への「相談の難しさ」についてですが・・・
時々耳にする実務者らの声からすると、この「相談の難しさ」の裏にあるのが「後見人としての裁量」かと私は分析します。
専門職後見人、特に自身も含め社会福祉士の後見人にとって、「後見人としての裁量」を踏まえた上での家庭裁判所への「相談の仕方」を考えることが難儀なのではないか。
つまり、「ある程度の裁量をすでに職権として与えられている」ということは、家庭裁判所へあくまで「相談」するにしても、その与えられている裁量の部分については「そう考える根拠も含めた自身の見解を示しつつ相談する」ことが必要です。
たとえば、抱える事案について、
「・・・・~な状況なのですが、私はどうしたらいいでしょうか?」
ではなく、
「・・・・~な状況で〇〇と考え△△の対応をしようとしておりますが、この判断や対応で後見人として問題はないでしょうか?この件について裁判所からご意見や、何か留意すべき点はございますか?」
が、よろしいでしょう。
はじめからまるっとお尋ねするのではなく、「職権として与えられている裁量の部分」については自身の見解を述べ、家庭裁判所からはそれが「後見人としての裁量の範囲」であるかどうかの回答を得る・・・ような気持ちで。
もちろん、当然のことながらその見解や判断がそもそも間違っていればご指摘も受けるでしょうし、さらに押さえておくべき点に助言を受けることもあるでしょう。
別の見方をすれば、家庭裁判所とのこのやりとりを自身の後見業務におけるさらなる「裏付け」にも出来るのではないかと私は考えています。
「福祉職」の専門職後見人として何をすべきか
家庭裁判所において、いわゆる「専門職後見人」といわれる職種は、弁護士、司法書士、社会福祉士です。
そして、我々社会福祉士は法律職ではありません。
もちろん、それぞれのフィールドに得手不得手があって専門性も違いがあり、成年後見制度においても「期待される専門性」がそもそも違うわけですから、各々が連携し各専門性を発揮しあうことが一番だと思います。
ただ制度に携わる者として、当事者らに対する立場やその責任は双方同じです。
家庭裁判所との連携においても違いがあるはずありません。
少なくとも職務上の一定のルールやマナーについても、精一杯の責任を果たす努力は必要だと思います。
後見業務の実務者としてあなたがわからないことや不安に思うことはなんでしょうか?
私は、自身の業務を振り返り感じているのは、成年後見制度の基本が「民法」にあり、人々の日常の多くの場面でも「民法」に則って決まりがあること。
そして、自分がその専門家ではないということです。
クライエントの想いや考えを代弁すること、人生に伴走することなどを自身のフィールドの中で考えきれても、何某の課題に対する「法的根拠」や「権利と義務」などについて正しく考え判断することはとても難しいです。
しかし、それを卑屈に思うことは特にありません。
ただ、「自覚」しています。
専門職といわれる職種は何某の「専門性」があるからそう呼ばれているはずです。
そうであるならば「専門外」のことも当然あります。
もし「自身のフィールドにないことなので、難しいな。」というような想いがあってもおかしいことではないと思います。
大切なのは、「それを埋めるためにどうするのか」ではないでしょうか。
実務に携わる以上、「埋める責任」もあるからです。
そこに行きつけば、家庭裁判所への「相談」も、自身の実務における「根拠」の説明ももっとスムーズになるのではないでしょうか。
*参考文献
三訂「成年後見実務マニュアルー基礎からわかるQ&A」2022年6月15日初版発行
編集:公益社団法人日本社会福祉士会 発行者:荘村明彦
中央法規出版