
私たちケアラー支援活動家の声はなかなか届かない
私は、ケアラー支援活動はとても重要で意義のあることだと信じています。
その役割は、社会の中で大きいとも思っています。
だからこそ、ケアラー支援活動をされている他の皆さんも日々頑張っておられるのです。
ただ、我々ケアラー支援活動家には、実はそうたいした「市民権」はありません。
我々活動家が察知したケアラーの「危機感」は、いくらそれを急いで伝えようとしても、なかなか行政や支援窓口には届かない。
伝わらない。
受け入れてもらえない。
次に動き出してもらえない。
まだまだこれがケアラー支援活動の現場の実情です。
我々活動家の限界を作っているのは誰?
多くのケアラー支援活動家たちは、なにも行政に対して「協力したくない。」とは思ってはいないでしょう。
ケアラー支援のより良い体制整備のためにも、行政との連携は欠かせないと考える人が多いと思います。
しかし、行政の「都合よく」、一方的に「社会資源の一つ」にされたくもない。
おそらくそれも本音です。
相談窓口として活動をご紹介だけされて、あとは知らない。
その後が気になってお尋ねするけども、個人情報だと門前払いされる。
我々の活動は、そんなにも無力で信頼されないものでしょうか。
より充実したケアラー支援体制を一緒に!構築していこうと思われるなら、我々にもきちんと然るべき「市民権」を与えて頂きたい。
本当に、今、そこが大事なのです。
そうでなければ、我々が出来ることにも限界があります。
千葉県柏市での出来事を想う・・・
もし、ケアラー支援活動家や活動団体に対して、
「支援を丸投げされて、あとは知らない顔をされる。」
「声をあげても、聞いてすらもらえない。」
「連携を呼びかけても、都合よく蚊帳の外にされる。」
そうであるならば、対応や判断に「権限」をお持ちの行政および出先機関、支援窓口には、ケアラーに対し、もっときちんとそれぞれのお仕事をなさって頂きたいものです。
私は、そう思います。
このたび千葉県柏市で起こった出来事は、全国のケアラー支援活動家たちのこころを強く揺さぶり、混乱させ、自分たちの活動の在り方さえも考えさせられるものでした。
我々の有志を、想いを、使い捨てにしないでください。
お願いします。
認知症の母親の介護に「もう耐えられない」…明るかった女性に起きた異変 急ぎたい「介護する人」支援:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
出典:2023年10月6日付 東京新聞TOKYO WEeb版