
「介護って大変だね。」そう言われて、最初は嬉しかった。
家族介護者としての生活を15年ほど送ってきました。
そして、ケアラー支援活動に携わって、ちょうど10年。
仕事以外で、介護(家族介護)をしていると、「大変だね。」とか「がんばっているね。」とか、ねぎらいの言葉を頂いたりもします。
我が家は、父が50代で病気を患いましたので、当時の私も30代前半。
「若いのにかわいそう。」なんて言葉を、父にも、私にも言われたことがあります。
また、実際にそんな活動家は多いのですが、自身も家族介護の当事者(現役ケアラー)でありながら、ケアラー支援の活動をしたりしていると、「おうちのことでも大変なのに、偉いね。」なんて、そういう言葉をかけて頂くこともありました。
自身の介護やその大変さ、生きづらさで苦しかった初めの頃は、そんな言葉かけもありがたく思っていました。
介護離職して、自宅で引きこもり的に介護しているときなんて、人に会わないからそうそう褒めてもらうこともありませんでしたしね(笑)
ただ、そういうねぎらいのような言葉をかけて頂いて嬉しかったのは、今思えばほんの最初だけでした。
「介護って大変だね。」・・・はい。それで?
最初は本当に嬉しかったのです。
自身の介護の大変さとか、家族の中での不公平感とか、そういったことをわかってくれる人なんだと思ってました。
ただ、だんだんそれも嫌になりました。
なんだか、めんどくさくって。
家族介護に行き詰まってどうしようもなく苦しいときに、家族介護もしたことがない方にそう言われることが、本当に、心底めんどうだったのです。
だって、そう言われたところで何も変わらなかったから。
ねぎらいの言葉はありがたくても、しかし問題はその先、その先のアクション(救いのようなもの、支援展開)がないことが、疲れて自暴自棄になって日々目の前の介護だけで必死に生活しているケアラーとしては、お声かけに対するありがたさすら思えなくなっていました。
「大変だね。どう手伝ったらいい?」「大変だね。本当はどうしたい?」
そんな言葉に、ほとんど続かないお声かけなんて、もうどうでもいいくらい疲れていたんです。
「介護って大変だね。」その先に欲しかったのは具体的な支援アクション
ケアラー支援。
そのようなワードはここ最近メディア等でも見聞きすることが増えたかもしれません。
ヤングケアラーの実態が明らかになるほど、実際、大きく取り沙汰されてきました。
しかし、その当時、「家族介護は大変だね。」その言葉の先に続く具体的な支援アクションはなかなかありませんでした。
もしかしたら、当時もその頃なりにあったのかも知れないけれど、ケアラーとしては十分に感じることはできなかったのです。
だから、だんだんとせっかくのお声かけにも半ばウンザリする気持ちにさえなり、当事者同士のピアカウンセリングに出会い、近しい境遇の人たちと泣いたり笑ったり・・・、そうすることで自分自身のアイデンティティを確認していたように思います。
ただ、それはほんのひと時の癒しであって、具体的にケアラーの介護の悩みがすべて解決するものでもありません。
ねぎらいの優しい言葉のその先に、具体的なケアラー支援としてのアクションがなかったことが、やはり当時は課題だったのです。
「介護って大変だね。」長崎県もその先が見えてきたかも知れません。
「長崎県ケアラー支援条例」が、県議会において、議員提案条例として今年度9月議会での成立をめざしています。
先日、長崎県から、「長崎県ケアラー支援条例(仮称・案)」が公表され、県内外を問わず、パブリックコメントも募集されました。
全国的に、ケアラー支援への追い風が吹いてきていると言われはじめた昨今。
今、ようやく「介護って大変だね。」というねぎらいの言葉のその先に、一筋の光が見えてきたように感じています。
そして、「介護って大変だね。」「がんばってるね。」「偉いね。」そんな言葉を頂くこと。
それらが、ときには私たちケアラーや家族介護に対する相手の方の「承認」であったり、「認知」であったり、「理解」であったり、【共感】を得るための相手の方の感情の動きであったかも知れないことに、その先のアクションが見えてきた安堵とともに、感謝の気持ちを思い出しました。
思えば、「共感を得る」ということは、人や物事を動かしていくための重要な第一歩。
共感を得るための「感情の動き」は、必須なのかも知れません。
しかしながら、私は自身もケアラーでありケアラー支援の活動家です。
そして、地域福祉の構築を生業とする福祉の専門職でもあります。
長崎県ケアラー支援条例、そして全国各地のケアラー支援に関する条例や施策が、ケアラーにとってより有効かつ活用できるものであること。
国による法令化が進められることを願っています。
今は、そう叶えるために、次に自分は何をしなければいけないのか、何ができるのか、何を取りにいくべきか、日々模索しています。
そして、その当時、周囲の皆さんのねぎらいの言葉に、素直にこころを開くことができなかったことをお詫びします。
まあ、それだけ、当時はいっぱいいっぱいだったのです(苦笑)