
私のことは誰にも聞かれなかった
亡き父や祖母のケアを担っていた頃を改めて振り返ると、当時は自分でもあまり気にも留めていなかったようなことが今になって思い出され、深く考えることがあります。
ひとつは、自分自身の健康管理について。
「お父さんはどうしてる?」
「病院の先生からはなんて言われているの?」
「検査の結果はどうだった?」
そもそも、ただ漠然と「お父さんは元気にしてるの?」と聞かれることも。
周囲の人はみなさん口をそろえて父や祖母のことを私に尋ねました。
まあ、当の本人たちがうまく返答できないわけですから、ケアを担っているひとに尋ねること自体はべつに間違っていないとは思います。
ただ、誰からも聞かれなかったのです。
ケアしている「私」自身のことは。
健康管理は「誰が」するものか?
「あなたは元気なの?」
私にそう尋ねる人はいなかった。
父のこと、祖母のこと、途中ケアを担いながら自身も病気を発症した母のことは聞かれても、私自身が元気でいるのかどうかを聞かれることはありませんでした。
そして、私自身、周囲が自分に対してそうあることにも当時は気づいていませんでした。
たぶん、当時は目の前のことに必死で夢中だったので、今だからこそ改めて思うことなのですね。
そんな当時を思い返すと、なんとなく意固地な気持ちにもなりそうなのですが(笑)・・・・父を看取り、祖母を看取り・・・今、改めて少し冷静に?考える。
そもそも健康管理は、その多くの場合「自己責任」ではないかと。
ケアラーであっても、ひとりのオトナとして「自分で」背負うことかなと私は思います。
つまり自分の心とカラダが健康であることに、ケアラー自身ももっと貪欲であっていいのではないでしょうか。
まずは自分自身のために「元気」でいましょう
私自身もそうであったように、ケアラーが目の前に起こっているケア状況に対して時間を取られがちになり、ケアを必要としている要介護者の病気のことや健康管理に必死になるけれど、「自分自身の心やカラダの健康」がつい後回しになりがちであることはよく耳にする話です。
運営しているケアラーのつどいの場でも、要介護者の受診等で医療機関に出向くことは毎月のようにあっても、自分自身の健康診断は何年も受けていないケアラーさんの話もめずらしくありません。
当時、心もカラダもボロボロだった自分自身の反省もこめて彼らに伝えたい。
「あなたの心とカラダのために」自覚症状がなくても健康診断は定期的に受けましょう。
ケアラー支援を考えるとき、支援する側にはこのような視点も忘れないで欲しいと思います。
そして、ここで大切なのは、それはなにも「元気にケア生活を続ける」ためではありません。
いわゆるヘルパーさんなどの介護職の皆さんが、業務を遂行する上で感染症対策を徹底することなどと一緒にしてはいけません。
あくまで、あなたが「あなたの人生を歩む」うえで、「あなたの生活をしていく」うえで、健やかであって欲しいからです。
何かにチャレンジしたり、前に進もうとしたときに、「健康に関する不安」から断念せざるを得ない状況にはなるべくなってほしくないからです。
自分で自分をたいせつに~自分の心とカラダに向き合う~
勤め人を辞め自営業者になった今は特に勤務先の健康診断も予防接種もありませんので、各種無料検診などの情報収集はアンテナを張り、自分の誕生月あたりをメインに受けるようにしています。
体力もなく運動はそもそも苦手ですが、週に何度かの軽い運動はむしろ独立してから続けています。
予約から自分で行い、医療機関へ出向いて受けるわけですからそのための時間のやりくりもしなくてはいけません。
正直、面倒と言えばめんどうな気持ちにもなりますがそこは自己責任です。
また、女性特有のものも含めて毎年重ねる年齢とともに出てくる変化ももちろんあります。
しかし、まちのクリニック、婦人科、眼科、歯医者さん、整体院、サロンなどリラックス効果も期待できる場所、いろいろなかかりつけの方々のおかげで自分の心とカラダに向き合うことが以前ほどおっくうではなくなりました。
致し方ない変化に抗うのではなく、どう向き合っていくかということを考えるきっかけにもなります。
もともと持っていたアレルギーや体質など、自分のカラダの弱さにも以前よりも対策がしやすくなっています。
ニンゲン誰しも生身のカラダを持っている以上、いつ何が起こるかわからないのです。
自分自身が自分の人生を健やかに歩むために、気がかりなことを少しでも減らしておきたい。
誰のためでもなく自分自身のために、自分の心とカラダの一番の味方でいましょう。
たとえ今は現役ケアラーであっても、ケアがあなたの人生のすべてではないのですから。
あなたのために元気でいてください。