ケアラーにとって介護に終わりはありません。

父を見送りました。

久しぶりにブログを更新します。

1月下旬から、本格的に父の看取り期に入りました。

コロナ禍の中、その人生をもうすぐ終えようとしている病室にいる父に1分でも長く会うために、体調に気を付け、仕事をやりくりし、遠出も控え、一日一日を祈るような思いで過ごしました。

とても尊い時間でした。

約ひと月のあいだ、急変したり持ちこたえたりを数回繰り返し、2月の終わり、父はお空へ旅立ちました。

2月にしてはあたたかな、月のきれいな静かな夜でした。

看取りは介護の終わりでしょうか?

父は50代後半で病を発症しました。

それから15年間の病気との生活でした。

家族は15年間の介護者生活でした。

父を看取り、見送って、先日四十九日の法要がぶじに終わりました。

私に、そして母をはじめ家族にも、たくさんの温かい言葉かけを頂きました。

中でも、我が家の「介護」をご存知の方々からは、ねぎらいのお言葉も頂きました。

改めて、お礼申し上げます。

そうですね。

あえて言うならば、この度は、生活の中での「一区切り」とでも言いましょうか・・・

一つのステージは終えたのかも知れません。

ただ、私は、父を見送ったことで「介護が終わった」とはどうしても思えません。

ケアラーの人生の中で介護は・・・

私は、ケアラーにとって「看取り」は、あくまで生活の中における一区切りでしかないと思っています。

ケアラーにとって介護は「生活」なんです。

「生活」の一部なんです。

たとえ要介護者が亡くなりお空に旅立ったとはいえ、ケアラーの長い人生において、ケアラーであった事実が消えてなくなるわけではありません。

それまでの生活の中で、もしそのケアラーに介護離職の経験があれば、今もこの先もずっと介護離職した労働者である(あった)ことは変わりません。

遠距離で通い介護をしていたのであれば、その行き来の事実はもちろん、費やした時間も、しいて言えばそのとき必要だった費用も、戻ってはこないのです。

ケアラーにとっては人生の中でずっと「介護」も「介護者であったこと」も続いていると私は思います。

ですから、これもまたよく耳にすることですけど、在宅介護から施設介護へ介護の形態が変わったときに、ケアラーに対して「自分では看てないのだから、介護終わった。」とか、そんなご意見?が聞こえてくることがあります。

ケアラーにしてみれば生活スタイルが変わっただけで、それもって何も終わっちゃいないですよ。

失礼な話です(苦笑)

この経験を誰かのために

とはいえ、何かが変わったと言えば、これまでなんやかんやとお世話をしてきた父が実際にはこの世に存在しないということで、生活スタイルが変わったことは事実です。

生活の中の時間の使い方と背負うもののプレッシャーは、大きく変わったと思います。

そして、私は仕事ではなくプライベートで、人生の終わりを経験しました。

突然はじまった家族介護でした。

徐々に病気は進行しました。

親族後見を受任しました。

介護保険をはじめ、福祉や生活、そして働き方にまつわる諸制度や社会保障に本気で向き合いました。

父を見送った今。

改めて、「この経験を糧にすべく、転んでもそこらへんの草むしり取って立ち上がる」ことを強く思います。

まあそうは言いましても、15年間もみくちゃに鍛えられてきましたので・・・最近は、そう簡単に転ばなくなりましたけどね。

最初の頃は、よく転び、よく泣いたものです(笑)