成年後見制度の「申立」を考える①

法定後見と任意後見

成年後見制度には、

病気や障がいなどで判断能力にお手伝いが必要な方を支援する「法定後見」と、

将来、判断能力にお手伝いが必要になった時に備える「任意後見」の、二つがあります。

この二つは、制度利用における「スタート地点」が違います。

(どう違うのかについては、長くなりますので追々・・・)

私の個人的感覚ではありますが、

一般的に「成年後見制度」と聞くと、

たぶん、大半の方が、

病気や障がいなどで判断能力にお手伝いが必要な方を支援する「法定後見」をイメージされるのではないかという印象があります。

今回は、この法定後見の「申立」についてお話します。

申立と審判

法定後見を利用するにあたり、家庭裁判所への申立が必要です。

「申立」と聞くと、普段は聞き慣れない、なんだかオーバーな(?)、固い(?)印象があるかも知れませんね。

どうしても、家庭裁判所で法的な根拠に基づいて審理されていきますので、そのような表現(専門的な言葉)になります。

平たく言えば、

成年後見制度を利用開始するにあたり家庭裁判所にその旨伝えて(申立)、

裁判官にその可否や利用する上での詳細を法的な根拠のもと決定(審判)してもらう。

そんなところです。

この「審判」もね。

なんだか、「はっ!」としますね・・・しんぱん!(笑)

今は、さすがにそんなことありませんが、

私、過去に介護保険畑で仕事してましたので、

後見業務に携わり始めた当初は、つい「申請」とか「認定」とか言って、

裁判所の中で、ひとりドキっとしてました(笑)

まあ、大丈夫です。

裁判官も、そして書記官さん、調査官さん(←裁判所内に勤務する方々・・・)etc

そこらへんは慣れておられますので、聞かなかったフリをして自然に訂正してくださいます(笑)

法定後見の3つの類型

この法定後見の申立において、

法定後見には、3つの類型(後見、保佐、補助)がありますが、

ご本人のご病気や障がい(判断能力へのお手伝い)の程度が重い順に、「後見」→「保佐」→「補助」です。

ときどき、勘違いされることがありますが、病気や障がいと言っても身体的な具合ではありません。

あくまで、成年後見制度では判断能力へのお手伝いの程度を確認します。

そして、どの類型で最終的に審判がおりるかは、もちろん家庭裁判所で審理されます。

ただ、あらかじめ、「どの類型で申立をするか」は事前に検討が必要です。

「後見開始申立」なのか、「保佐開始申立」または「補助開始申立」なのか・・・です。

申立に関するお手伝いをなさることが多い(?)地域包括支援センターや相談支援事業所などの職員さんに予てよりお伝えしたいと思っていたことがあります。

この申立時点での類型、ここは必ず丁寧に検討されてください。

では、丁寧に検討する・・・とは、どういうことか。

本人のための申立であること

本人の「残存能力」を活用することを考慮し、「今の!本人のための申立」になっているかどうかということです。

そう考えると、先程の3つの類型についても、どの類型で申立を行うべきか慎重になるはずです。

当然ながら、診断書を作成される医師の医学的所見もあるでしょう。

あくまで、ご病気や障がいが故にというところで考えるわけですから、本人の判断能力を、医学的な根拠のもと診断され、申立時の類型が決まればそれは最もですね。

ただ、私が危惧するのは、診断書を書かれる医師以外の支援者(たち)が考えるそれが、本人の「今、現在の残存能力」に等しいかどうかということです。

認知症など進行性の病気に対して、「先では何にしろ自分だけでは難しくなるから。」などの支援者間のコメント付きで、まだ今は!「保佐」類型でも良さそうな判断能力の本人に対し「後見」の申立が検討された案件に出会ったことがあります。

(主治医にも、・・・そこは上手にお伝えになったのかどうかは、わかりませんが。)

当然ながら、先でもお話したように、最終的にどの類型で審判がおりるかは、もちろん家庭裁判所で審理されます。

ですから、家庭裁判所が審理の中で、「後見開始申立がなされているが、本人は本当に後見類型なのか?」と本人の残存能力に疑問を持たれれば、そこからさらに時間をかけて調査や鑑定が行われます。

時間もお金もさらにかかり、何より申立の主人公はもちろん本人ですから、本人にもそれだけ負担がかかります。

先の案件は、結果この流れになって、申立から最終的に審判がおりるまで半年近くかかりました。

ちなみに、「保佐」類型で審判がおりました。

確かに、「保佐」「補助」の類型には、代理権(何を代理できるか)がその案件ごとに定められます。

実際に受任者としても、その案件ごとに自分が代理できる・できないをきちんと整理して稼働しなければなりませんし、うっかり代理権があると思って行政の窓口でなにやら手続きをしていたら、実はその行為は代理権の中に付いてなかった・・・なんてことも、(私は)恥ずかしながらあったりします。

その際は、代理権を持たない上での対応を再度練り直して、行わなければなりません。

例えば、本人に事情を説明し委任状をもらって、再度稼働するとか・・・。

しかし、それはあくまで本人にそれらを判断する残存能力があるから。

だから、当然なのです。

ご自分では稼働できなかったとしても、ご自分で考えて判断して、保佐人、補助人に「こうしてほしい。」「こっちがいい。」と意思表示できるからなのです。

申立支援をなさる支援者さんたちの中には、受任者のそのあたりも考慮してくださって、「後見」だと、本来ほぼほぼ職権で代理できるから稼働するのにシンプルで楽でしょ?とか、考えてくださる方もいらっしゃるようです。

・・・・・・お気持ち、ありがとうございます(笑)

ただ、それは、ひとりの人間としてのごくごく心の中の小~さな声であって、おおっぴらに発表するのはアウト!だと私は思います。

だから(?)、結果、家庭裁判所でも審議!になるわけです。

もちろん、保佐類型で申立を行ったけれど、結果「後見」類型で審判がおりたなど、逆のパターンもあります。

また、「保佐」「補助」で審判がおりても、ご病気や障がいのその後の具合で、「後見」に申立しなおすこともあります。

いづれにしても、大切なことは、本人の今!の残存能力に合っているかどうかです。

忘れそうになったら、立ち返りましょう。

成年後見制度は、そもそも本人の権利を擁護する(守る)ためにあります。

間違っても、支援者たちが抱える、支援を展開していく上での「支援者たちの課題」を解決するための手段が、「本人に後見人をつける」ということになってはいけません。

「本人のための申立であること」に丁寧に向き合いましょう。

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